経過(あゆみ)

1965.7.31(S.40年)
グアム島カルボ神父は、太平洋戦没者慰霊委員会(委員長 植木光教・参議院議員)に対し、南の島々に放置されている日本人戦死者の遺骨収集と慰霊碑の建立計画に努力するよう要請をした。
1965.8.20(S.40年)
太平洋戦没者慰霊委員会の同意を得たカルボ神父は、時のジョンソン米大統領に対し、日本人戦没者の慰霊公苑建設の承認申請書を提出した。
1965.10.25(S.40年)
ジョンソン米大統領は、カルボ神父の申請に対し「日米民間人の協力によって建設される慰霊公苑は、日米両国の親善と友好のため、また世界の平和のためにも、誠に意義深いものがあると信ずる……」との賛意を表明し、激励の書簡を寄せた。
1965.11.11(S.40年)
カルボ神父来日し、グアム平和慰霊公苑建設について、植木光教参議院議員と協力関係で具体的な打合せを行った。
1966.1.27(S.41年)
日本政府外務省は、公文をもってカルボ神父に対し、本計画の推進と努力に、深い関心と感謝の意を表明した。
1966.5.12(S.41年)
現地法人設立発起人日本代表団(団長・植木光教議員、巌谷勝雄浄土宗祐天寺住職、高橋隆天大本山川崎大師平間寺貫首)が、グアム島を訪問し、日米合併の公益法人(サウス パシフィック メモリアル アソシエーション)設立書に調印し、即日グアム政府の承認を取得した。
1966.10.1(S.41年)
(財)全日本仏教会、(宗)日本カトリック中央協議会、(財)日本遺族会、(社)日本経済団体連合会等が、本協会事業の後援団体となった。
1966.11.10(S.41年)
厚生省収援第140号をもって、財団法人南太平洋戦没者慰霊協会設立が認可された。
(理事長 参議院議員 植木光教)
1970.6.23(S.45年)
ジョンソン米大統領並びに日本政府から承認のあった太平洋戦域における全戦没者を合祀する表徴的慰霊塔及び納骨堂がグアム島に完成した。 
1977.9.20(S.52年)
第17回理事会は南太平洋戦没者追悼の会(名誉会長・竹田恒徳殿)と統合することを議決し、「ソロモン平和公園」建設事業を行った。
1981.10.25(S.56年)
ソロモン諸島戦域の戦没者約20万余柱を合祀する慰霊塔及びソロモン国のシンボルである「漁夫」の銅像を建設ソロモン平和公園を完成した。
1982.9.25(S.57年)
グアム平和慰霊公苑を整備し、苑内に我無山平和寺を完成し、僧侶を派遣常駐させた。1998.4(H10)より僧侶常駐を中止する。
1984.4.14(S.59年)
マレイシア連邦・サバ州ラブアン島に「ラブアン平和公園」の建設事業を完成した。

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平和慰霊公苑平和慰霊公苑イメージ
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公苑の概略

グアム平和慰霊公苑への案内図を掲載しています。
平和慰霊公苑
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役員名簿